井口的詩的感情的井口論

釣りとハロプロネタがメインのちょっと格闘技が好きなおっさんのブログ笑

2004年9月19日(日)

先日ある人間からこんな事を聞いた。

「ぼろ糞に言ってましたよ。」

これは越谷のジムの会員の一部が、俺が辞める前辺りに吐いていた言葉の事だ。
「コウモリ野郎」とも言っていたそうだ。
もう5年も前にそれは耳に入っていたが、今回確実な証拠(?)を得た。
改めてその真実(?)を聞くと腹も立つが、俺も今更そんな事で目くじら立てるのも大人げないし、そいつらと今現在接点もない訳だから、
どぉでも良い過去ではある。が、俺に話し掛けてくる時は、お前らの事、信用してねぇからな。大体の奴はわかってるんだから。気をつけろ
よ。


そんな話を聞いて悶々としていて、ふと昔の事を思い出したりしていたら、今日は漆谷戦から数えて丸5年。あれから俺の人生が変わっていった。

漆谷戦後、石川屋で打ち上げをやって、朝方まで飲んでいた。
翌日、と言うか試合の次の日、数時間寝た後に俺は女子プロレスを観戦に行った。
眠かったが、久しぶりの観戦もあり楽しく過ごした。たぶんその夜も飲んでいた筈だ…。

そして次の日。漆谷戦の二日後、出社後間もなく俺は内線電話で社長にこぉ言った。
「社長、まだ給料出ませんか?」。
すると「ちょっと事務所来てくれる?」との返事。
遅配のいい訳(?)かな?と思い事務所に行くと、

「摂は格闘技でも有名になったし、他でやってくれないか?」

と打診された。
要は「リストラ」だ。
「他の仕事を探して、時間があれば来てよ」的な言葉。
ジム会員を増やす為の行動が、どぉやら「井口道場」化の主犯と思われたのだろうか。
後で聞いた話だが、社長と某コンサルタントとの会話の中で「このままじゃ井口道場になっちゃうよ…」ってのもあったそうだ。

話を戻そう。
午前中にその話を受け、放心状態で「ふらの」で飯を食い、確かその日は夕方遅くから「紙プロ」の取材があった。
その間もクラスを担当し、フリー練習の時から何だかボ〜っとしていた。そんな中会員からの打撃のスパーを受け、何だかボ〜っとした状態でやった。すると見事にハイキックを食らった。本人も思いっきりではなっかたので俺も倒れるはまで行かなかった。
が、スパーを終えマットで座っていると視界がチカチカする。そして身体の力が抜けて行く。呼吸もしづらい。
「なんかやばい…」と言って横になると、脈は弱くなり、呼吸も浅くなった。
あの時は、本当に死ぬのかと思った。
心配した会員が寄って来たので、今の状態を話した。社長呼んで来ますか?の質問に、俺はいやイイ…と言った様な。が、ちょっと経っても回復せず、結局社長に連絡してもらい、救急車をよぶ事になった。
が、なぜか、心配かけさせては行けないと思い、家に電話する事は拒んだ気がする。